大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成11年(行ケ)394号 判決 2000年5月08日

原告

社団法人日本フィランソロピー協会

代表者理事

訴訟代理人弁護士

高橋隆二

同弁理士

被告

特許庁長官C

指定代理人

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成5年審判第16810号事件について、平成11年10月4日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

Fは、平成4年3月31日、「企業市民白書」の文字を横書きに書してなる商標(以下「本願商標」という。)につき、指定商品を平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令別表による第26類「印刷物、その他本類に属する商品」として商標登録出願をした(商願平4ー47427号)が、平成5年7月26日に拒絶査定を受けたので、同年8月20日、これに対する不服の審判の請求をした。

原告は、平成10年9月25日、Fから同商標登録出願に係る出願人の地位を譲り受け、同年10月28日、商標登録出願人名義変更の届出をした。

特許庁は、同審判請求を平成5年審判第16810号事件として審理したうえ、平成11年10月4日に「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年11月1日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願商標を、例えば印刷物に使用した場合、これに接する取引者・需要者は、政府発行の刊行物であるかのごとく、誤認するおそれがあり、ひいては商取引の秩序を乱し得るおそれがあるから、本願商標を商標法4条1項7号に該当するとして、拒絶した原査定は、適正なものであるとした。

第3原告主張の審決取消事由の要点

審決は、商標法4条1項7号の解釈を誤り(取消事由1)、かつ、本願商標の使用が商品の品質又は出所を誤認するおそれがあると誤って認定した(取消事由2)結果、本願商標が商標法4条1項7号に該当するとの誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  取消事由1(商標法4条1項7号の解釈の誤り)

審決は、「本願商標を例えば『印刷物』に使用した場合、これに接する取引者、需要者は政府発行の刊行物であるかの如く、誤認するおそれがあり、ひいては、商取引の秩序を乱し得るおそれがある・・・したがって、本願商標を商標法第4条第1項7号に該当するとして拒絶した原査定は、適正なものである」(審決書7頁25行~8頁11行)として、商取引の秩序を乱すおそれがあることをもって、直ちに公序良俗を害するおそれがあるものと一般的に解釈したが、それは誤りである。

すなわち、公序良俗は、現代社会の一般的秩序を維持するために要請される倫理的規範を意味するものである。そして、公序良俗は、国家社会の一般的な健全な秩序をも含むものであることから、国家制度の一部である商標法制度においても、公序良俗を害するおそれがある商標を保護することが許されないことは当然であり、商標法4条1項7号は、かかる当然のことを規定したものと理解される。したがって、商標法において、公序良俗を害するおそれがあるか否かは、既に日本国の国家社会において保護すべきものとして秩序づけられた一般的な道徳観、健全な法制度に反するものであるか否かが、その判断のメルクマークになるものである。

一般論としては、商取引における健全な秩序が公序を構成する一部であることは否定できないが、商取引秩序は公序そのものではない。公序を形成する社会文化的秩序を害するおそれがあるか否かの判断においては、法制度として確立した秩序、広く国民の間に定着した規範(道徳的規範も含む。)に反するか否かが問題とされるべきであり、当該商標を、事業として商品に使用する行為自体が、社会の一般的道徳観念に違反するか否かの認定が重要である。

しかるに、審決は、公序を形成する保護すべき社会文化的秩序の存否を具体的に認定することなく、本願商標が商取引の秩序を乱すおそれがあるとの一般論をもって、直ちに公序良俗を害するおそれがある旨判断したものであって、法解釈の誤りがあることは明らかである。

仮に、法律上又は社会倫理上、「白書」の文字が付された刊行物の発行が政府機関のみに許され、それ以外の者に対しては禁止されている事実があるとすれば、それは公序を形成するものと評価できるが、後述のとおり、そのような社会的事実はなく、むしろ出版業界及び国民一般は、民間人が「白書」の文字が付された刊行物を長期間にわたり数多く発行していることに慣れ親しんできた状況があり、かつ、そのこと自体が何ら違法と評価されるべきものではない。そうであれば、政府機関以外の者に対して、「白書」の文字が付された刊行物の発行を禁止することが、保護すべき社会文化的秩序であって、公序を形成しているものと認められないことは明らかである。

したがって、本願商標に対し、商標法4条1項7号を適用すべき余地はないものといわざるを得ない。

なお、審決は、「仮に原査定における拒絶条文の適用に齟齬があるとしても、・・・商取引の秩序を乱すおそれがある場合には、本条(注、商標法4条1項7号)に該当するものと判断するのが相当である。」(審決書6頁下から9~6行)とも説示するが、仮に、本願商標が「商品の品質の誤認を生ずるおそれがある商標」として、商標法4条1項16号(平成3年法律第65号による改正前のもの)により、又は「他人の業務に係る商品と混同を生ずるおそれがある商標」として、同項15号(同改正前のもの)により、拒絶されるべきであるところ、原査定及び審決は適用条文を誤ったものであると判断されるとしても、本願商標が登録されるべき理由がないとして、審決を維持すべきであると解すべきではない。

2  取消事由2(商品の品質又は出所を誤認するとの認定の誤り)

審決は、「『白書』は、政府が政治、経済、社会の実態や政府の施策の現状を広く国民に知らせることを目的としたもので、・・・現在、公務員白書、中小企業白書、観光白書など各省庁から38種類の白書が発行されている。世上いわゆる白書と呼ばれるもののうちには、法律上、特にその作成が義務づけられておらず、各省庁によって、任意に作成されているものと法律上、講じた施策等について法律等に基づいて国会等に対する報告が義務づけられている場合にその報告書を白書として刊行しているものがあり、これらは、深く国民に浸透しているものと判断するのが相当である。・・・『企業市民白書』の文字は、『企業市民』についての現状報告を国民に周知させることを主眼としてとりまとめられた年次報告として発表される文書(白書)の意を表現したものとして理解されるというを相当とする」(審決書6頁下から3行~7頁24行)としたうえ、「本願商標を例えば『印刷物』に使用した場合、これに接する取引者、需要者は政府発行の刊行物であるかの如く、誤認するおそれがあり、」(同7頁25~27行)と認定したものである。

しかしながら、「白書」の文言を含む刊行物は、政府だけが刊行しているものではなく、他の発行主体が、書籍を含む印刷物として、長期間にわたり、数多く出版又は発行しており、かつ、それが社会的な秩序として国民に広く受け入れられているから、審決の上記認定は誤りである。

すなわち、政府発行の「白書」の名称は、法令に基づくものではなく、「政府刊行物(白書類)の取扱いについて」(昭和38年10月24日事務次官等会議申合せ)に基づくものであるが、該申合せ自体、「白書」の文字を含む商標の使用を国民に禁止する趣旨を含むものではなく、かつ、法規範性がないことはもとより、国民一般に広く受け入れられたものであるともいえない。このように、「白書」の文字は、歴史的には、政府内部の取扱申合せに基づき使用されてきたものであるが、政府発行の「白書」は、その種類が限定されており、大蔵省印刷局の発行であって、販売ルートも限られており、読者層も特殊である。

これに対し、「白書」の文字は、その良好なイメージを利用するために、一般社会においても、様々な経済取引分野や社会文化的活動などにおいて、一般的に使用されてきており、「白書」を含む題号で検索した図書目録データベース(甲第7号証)、出版データベース(甲第8号証)に見られるように、標題に「白書」の文字が付されたおびただしい数の刊行物が公益法人又は民間から出版されており、政府刊行物は僅かしかない。そして、このように標題に「白書」の文字が付された刊行物が極めて多量に発行されている事実に照らすと、一般社会において、標題に「白書」の文字が付された刊行物は、政府刊行物というよりは、統計、データ、報告書等の内容を示す刊行物として理解されているものというべきである。

このように、「白書」の文字は、政府刊行物において使用された歴史的由来はあるにしても、現在の一般国民の認識においては、統計、データ、報告書等の内容を示す出版物として一般名称化しており、出版市場において、政府刊行物以外の「白書」の文字が付された刊行物と、政府刊行物との間で、品質又は出所の誤認を生じている事実は存在しない。もとより、このような社会状況は何ら違法なものではなく、むしろ社会の公序を形成する一部として評価しなければならないものである。そして、「本願商標を構成する『企業市民』の文字は、・・・『企業は地域社会の責任ある一員であり、良き市民でなければならないという考え方』を意味する」(審決書7頁14~17行)ことは、審決の認定するとおりであり、「企業市民」の語は、民間企業の活動における倫理的意味合いを含むものであって、民間レベルの活動分野に関する観念を有し、政府の施策や行政的業務とは一線を画すものであるし、「企業市民白書」が、政府刊行物の名称に存在するものでもない。

以上のような状況と、一般消費者において、刊行物を購入する場合は、それに付した標章だけではなく、著作者、発行元等を確認のうえ選択する慣習があることを考慮すれば、本願商標を付した印刷物等が政府機関発行の刊行物であるかのように誤認されるおそれは全くないというべきである。

第4被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は理由がない。

1  取消事由1(商標法4条1項7号の解釈の誤り)について

商標法は、不正競争防止法と並ぶ競業法であって、登録商標に化体された事業者の信用の維持を図るとともに、商標の使用を通じて商品又は役務に関する取引秩序を維持し、もって産業の発達に寄与することを目的とするものである。そして、商標法4条1項7号は、この目的を具現する条項の一つとして、公益的観点から、公序良俗を害するおそれがある商標は、商標登録を受けることができない旨を規定するものであり、その立法趣旨から見て、その時代に相応する社会通念に照らし、当該商標をその指定商品に使用することが、社会公共の利益に反し、又は社会の一般的道徳観念に反するような場合も、同号の規定に含まれると解されるものである。すなわち、同号の規定する「公序」には、商標法の目的よりして、商品に関する取引上の秩序も含まれるものと解すべきである。

しかるところ、後述のとおり、「白書」は、国民に中央省庁の編集する刊行物として認識されているから、本願商標をその指定商品に使用するときは、該商品は、取引者・需要者に、中央省庁が編集し、取り扱っている白書であるかのような印象を与えるものであり、「白書」に対する社会、国民の信頼を害することになるから、そのような商標の使用は、社会公共の利益に反するものであり、ひいては商取引の秩序を乱すものというべきである。

したがって、本願商標が商標法4条1項7号に該当するものであるとした審決の認定・判断に誤りはない。

2  取消事由2(商品の品質又は出所を誤認するとの認定の誤り)について原告は、政府刊行物以外に、標題に「白書」の文字が付されたおびただしい数の刊行物が公益法人又は民間から出版されているとし、このことに照らせば、「白書」の文字は、現在の一般国民の認識においては、統計、データ、報告書等の内容を示す出版物として一般名称化していると主張する。

しかしながら、「白書」について、一般国民は、中央省庁の編集する刊行物として認識しているというべきである。

すなわち、審決の認定するとおり、「白書」は、「政府刊行物(白書類)の取扱いについて」(昭和38年10月24日事務次官等会議申合せ)に基づき、各省庁が編集し出版しているものであるが、この申合せ以前から、中央省庁の編集による刊行物として、長年にわたり発行されてきた政府公報の一つである。

「白書」の語義につき、岩波書店発行の「広辞苑(第5版)」(乙第1号証の1)、三省堂発行の「大辞林」(同号証の2)、集英社発行の「imidas'99」(同号証の3)、朝日新聞社発行の「知恵蔵」(同号証の4)には、いずれも政府の報告書であるとしてのみ掲載されており、統計、データ、報告書等の内容を示す出版物の意の一般名称であるとする記載はない。

また、1999年1月1日~同年12月31日の「朝日新聞」の記事中の「ハクショ」と発音される語を含む記事を検索した結果(乙第2号証)に見られるように、新聞報道されるものは、政府機関(国連機関、諸外国政府機関を含む。)の編集によるものが多く(207件中151件、73%)、一般国民が「白書」の文字に接するのは、中央省庁の刊行物としての白書である場合が圧倒的に多いと考えられる。

原告は、政府発行の「白書」が、大蔵省印刷局の発行であって、販売ルートも限られており、読者層も特殊であると主張するが、政府作成の「白書」であっても、大蔵省印刷局のみが発行しているものではなく、民間の出版社から出版されるものもあり、さらに、「白書」の文字が付された刊行物には、公益団体が編集し、中央省庁が監修しているものもある。また、政府発行の「白書」以外の、統計、データ等を扱う「白書」の文字が付された刊行物にしても、一般国民がこれに接する機会はさほど多くはなく、一般的に発行部数もそれほど多いとは考えられないところであり、政府発行の「白書」が、それらに比べても、なお販売ルートが限られ、読者層が特殊であるとする根拠はない。

なお、原告が引用する図書目録データベース(甲第7号証)及び出版データベース(甲第8号証)中には、「白書」の文字が書籍の題号として使用され、それ自体から「白書」として認識されないものが多く含まれるが、そのような例があることによって、一般国民の「白書」に対する認識が左右されるものではない。

これらの実情に照らして、一般国民は、「白書」の文字が付された刊行物について、中央省庁が発行、編集、監修しているものと理解する場合が多いことは明らかであり、「白書」は、中央省庁の編集による刊行物(公式調査報告書)として、国民に定着しているものというべきである。

そして、中央省庁以外の編集に係る「白書」の文字を有する刊行物は、中央省庁の編集に係る報告書として認識されている「白書」に対する一般国民の信頼を利用しているものといえるものである。

しかるところ、本願商標は、「企業市民」の文字と「白書」の文字とからなり、「企業市民に関する白書」というべき書籍等の内容を表すものである。そして、一般国民は、中央省庁が編集する「白書」の名称及び内容のすべてを具体的に認識してはいないから、本願商標をその指定商品に使用した場合、一般国民は、本願商標により、それが、中央省庁の発行、編集、監修する刊行物であると認識し、誤認するおそれがあって、「白書」に対する取引者・需要者、ひいては一般国民の信頼を揺るがすものとなる。また、本願商標は、あたかも実在する「白書」の名称のような商標により、これが付された印刷物等が、中央省庁により発行、編集、監修されたものであると認識されるおそれがあることを利用するものであるといえるから、商取引の秩序を乱し、社会公共の利益に反するものというべきである。

したがって、本願商標が商標法4条1項7号に該当するものであるとした審決の認定・判断に誤りはない。

第5当裁判所の判断

1  取消事由2(商品の品質又は出所を誤認するとの認定の誤り)について

便宜上、取消事由2から判断する。

(1)  政府発行の「白書」が、「政府刊行物(白書類)の取扱いについて」(昭和38年10月24日事務次官等会議申合せ)に基づくものであることは、当事者間に争いがなく、判例時報1363号22頁所収の「重要法令関係慣用語の解説 37 白書・青書」(甲第3号証)によれば、同申合せによって、白書類(中央官庁が編集する政府刊行物であること、内容は、政治経済社会の実態及び政府の施策の現状について国民に周知させることを主眼とするものであること等、所定の要件を備えたものをいい、正式書名(表題及び副題)中に「白書」の文字を含むもの、通称名中に「白書」の文字を含むもの、名称中に「白書」の文字を含まないものがある。)の内容、編纂及び公表についての責任体制、手続等が定められたほか、正式書名中に「白書」の文字を用いることができる白書類が限定されたうえ、閣議了解により追加することができる等とされたこと、わが国における「白書」は、昭和22年7月4日に発表された経済実相報告書(経済白書)が最初のものであることが認められる。

また、「白書」の語義等につき、岩波書店発行の「広辞苑(第5版)」(乙第1号証の1)には、「(white paperの訳語。もとイギリス政府が外交報告書の表紙に白紙を用いたからいう)政府の公式の調査報告書。日本では、一九四七年片山内閣以来使用。」と、三省堂発行の「大辞林」(同号証の2)には、「[英国政府の報告書が白い表紙をつけ、white paperと呼ばれるところから]政府が、外交、経済など各分野の現状を明らかにし、将来の政策を述べるために発表する報告書。」と、集英社発行の「imidas'99」(同号証の3)には、「白書は、政府が国政の各分野の現状と課題をひとまとめにして報告書の形で広く国民に提示する公文書であり、主管省庁で調整され、閣議の了解を得て公表され市販される。外交青書(外務省)、防衛白書(防衛庁)、犯罪白書(法務省)など30数種類発行されている。」と、朝日新聞社発行の「知恵蔵」(同号証の4)には、「政府各省が直面する課題と現状を研究・調査の報告書として提出されるのが白書。」と、それぞれ記載されており、これらの辞書、用語辞典類では、上記の中央官庁が編集する政府刊行物としての白書類についてのみ説明が付され、それ以外の刊行物であって、「白書」の文字が付されたものについては言及されておらず、「白書」が、統計、データ、報告書等の内容を示す出版物の一般名称であるとする説明もない。

さらに、新聞記事データベース「G-Search」によって、1999年1月1日~同年12月31日の「朝日新聞」の記事中の「ハクショ」と発音される語を含む記事を検索した結果(乙第2号証)では、217件が該当し、そのうち、同音異義語「薄暑」が検索されたものや、著作権交渉中として、記事の内容が表示されないものが約10件あるほかは、記事の内容に「白書」の文字を含んでいるところ、当該「白書」の表すものを見ると、外国の刊行物である場合を除き、その多くは中央省庁の編集、発行等に係る刊行物を意味しており、それ以外としては、地方公共団体の編集、発行に係る刊行物(番号163の「東京都の住宅白書」等)、官公署以外の編集、発行に係る刊行物(番号162の「インターネット白書99」等)、テレビ番組の題名(番号173の「ビバリーヒルズ青春白書」)などが散見される程度である。

他方、「白書」を含む題号で検索した図書目録データベース(甲第7号証)及び出版データベース(甲第8号証、乙第3号証)に掲載された刊行物の題号、編著者、出版元等から見て、中央省庁の編集、発行等に係るもの以外の刊行物であって、題号中に「白書」の文字を含んでいるものも相当数存在することが認められる。

なお、前掲図書目録データベース(甲第7号証)及び出版データベース(甲第8号証、乙第3号証)によれば、中央省庁の編集等に係る「白書」には大蔵省印刷局の発行であるものが数多く見られるが、必ずしもそれに限られるものではなく、通商産業調査会、公正取引協会等の発行に係るものもあることが認められる。また、原告は、政府発行の「白書」が、販売ルートが限られており、読者層も特殊であると主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

(2)  以上のように、「白書」は、昭和22年以降、中央省庁が編集する政府刊行物の名称に用いられ、昭和38年以降は、前示事務次官等会議申合せによって、名称に「白書」の文字を付し得る政府刊行物が限定される等、その名称管理がなされており、現在においては、政治・経済・社会の実態及び政府の施策の現状について、国民に周知させることを目的とする、報告書的な内容の「白書」が、三十数種類発行されているところ、わが国で刊行されている辞書、用語辞典類には、「白書」の語につき、このような政府刊行物としての性格が概ね正確に掲記され、また、新聞(一般全国紙)の記事がわが国の「白書」に言及する場合には、その多くが政府刊行物としての「白書」を意味していることが認められ、これらの事実に鑑みれば、「白書」の文字が付された刊行物は、一般に、そのような報告書的な内容の政府刊行物として、一般国民に認識され、かつ、編集の主体がこのように各中央省庁であることに由来して、その内容についての信頼性を形成しているものと認めることができる。

他方、中央省庁の編集に係るもの以外の刊行物であって、題号中に「白書」の文字を含む刊行物が相当数存在していることも前示のとおりである。しかしながら、これらのうちには、「13(サーティーン)恋愛白書」など、小説又は漫画等であったり、「経済白書物語」など、「白書」に関する事項を内容とする著作であるために、題号に「白書」の文字を含むものなど、それが政府刊行物としての「白書」ではないことがたやすく見て取れるものがあるほか、前示のとおり、政府刊行物としての「白書」が、政治・経済・社会の実態及び政府の施策の現状について、国民に周知させることを目的とする、報告書的な内容の刊行物であるのに対して、これと同様に報告書的な刊行物であっても、「こども服白書」、「連合白書ー春季生活闘争の方針と解説」など、題号自体ないしは副題から見て、政府刊行物としての「白書」が扱う分野とは関連が乏しい分野に関するものと理解されるために、一般国民が、たとえ、三十数種類の政府刊行物としての「白書」全部の名称や内容を記憶していないことを考慮したとしても、政府刊行物としての「白書」ではないと容易に認識できるものもあり、これらは、政府刊行物としての「白書」に由来する「白書」の語の信頼性のイメージを利用すべく、その題号を選択したものと推認されるが、「白書」の文字を含む題号から、政府刊行物としての「白書」ではないと容易に認識できるものであるから、前示の「白書」についての一般国民の認識や信頼性に直ちに影響を及ぼすものではない。これに対し、題号のみからすると、政府刊行物としての「白書」が扱う分野ないしそれと密接に関連する分野に関するものと認識され、かつ、題号中の「白書」の文字から、政府刊行物としての「白書」と誤認するおそれのあるものもあり、これらは、一般国民の政府刊行物としての「白書」に対する信頼性を損なうものであるというべきものの、これらが存在するからといって、一般国民の「白書」に対する前示認識自体が影響を被るものということはできない。

(3)  しかるところ、「本願商標を構成する『企業市民』の文字は、・・・『企業は地域社会の責任ある一員であり、良き市民でなければならないという考え方』を意味する」(審決書7頁14~17行)ことは、当事者間に争いがなく、本願商標は、「企業市民」の文字と「白書」の文字とからなるものであるから、かかる「企業市民」に関する「白書」(報告書)というべき書籍等の内容を表すものである。そうすると、その内容は、企業全般のその活動に関するものとしても、地域社会に関するものとしても、経済・社会の実態に密接に関連するものであって、政府の後見的な施策の余地も考えられるものであり、かつ、一般国民が、三十数種類の政府刊行物としての「白書」全部の名称や内容を記憶しているとは考え難く、前示のような報告書的内容の刊行物を購入する場合に、常に必ず、著作者、発行元等を確認するとも考えられないから、本願商標をその指定商品中の、例えば印刷物に使用した場合、一般国民は、本願商標により、それが、政府刊行物としての「白書」であると認識し、誤認するおそれがあるものといわざるを得ない。

したがって、審決が、「本願商標を例えば『印刷物』に使用した場合、これに接する取引者、需要者は政府発行の刊行物であるかの如く、誤認するおそれがあり、」と認定したことに誤りはない。

2  取消事由1(商標法4条1項7号の解釈の誤り)について

商標法の目的が、「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もって産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護すること」(同法1条)にあることに照らして、同法による商標の保護が、産業の健全な発達及び需要者の利益を損なうようなものであってはならず、同法4条1項7号にいう「公の秩序又は善良の風俗」も、このような観点から解すべきであって、そうであれば、商標の使用が、社会の一般的倫理的観念に反するような場合や、それが、直接に、又は商取引の秩序を乱すことにより、社会公共の利益を害する場合においても、当該商標は同号に該当するものとして、登録を受けられないものと解さなければならない。

しかるところ、政府刊行物としての「白書」が、政治・経済・社会の実態及び政府の施策の現状について国民に周知させることを目的として、中央省庁がこれを編集して発行するものであり、「白書」の文字が付された刊行物は、一般に、そのような報告書的な内容の政府刊行物として、一般国民に認識され、かつ、編集の主体がこのように各中央省庁であることに由来して、その内容についての信頼性を形成しているものであること、政府刊行物のうち、正式書名中に「白書」という文字を用いるものは限定されていること、本願商標をその指定商品に使用した場合には、その内容が政府の後見的な施策の余地もあることに鑑み、一般国民は、本願商標により、それが、政府刊行物としての「白書」であると認識し、誤認するおそれがあることは前示のとおりであり、さらに、「白書」についての一般国民の認識と、政府刊行物についての取扱いに照らして、本願商標に登録を認めて独占使用権、排他権を認めることは相当でないことをも考慮すると、本願商標は、政府刊行物としての「白書」に対する一般国民の信頼性を損なうものであって、商取引の秩序を乱し、また、社会公共の利益を害することになるものというべきであるから、商標法4条1項7号に当たるものといわざるを得ない。

原告は、商取引秩序は公序そのものではないとか、審決が、公序を形成する保護すべき社会文化的秩序の存否を具体的に認定しなかったとか、当該商標を、事業として商品に使用する行為自体が、社会の一般的道徳観念に違反するか否かの認定が重要である等としたうえで、出版業界及び国民一般は、民間人が「白書」の文字が付された刊行物を長期間にわたり数多く発行していることに慣れ親しんできた状況があり、政府機関以外の者に対して、「白書」の文字が付された刊行物の発行を禁止することが公序を形成しているものと認められないと主張するところ、該主張は、要するに、中央省庁の編集に係るもの以外の刊行物であって、題号中に「白書」の文字を含む刊行物が、現実に相当数存在していることをもって、「白書」の文字が付された刊行物を発行することが公序に反するものではないとし、それ故に本願商標が商標法4条1項7号に該当するものではないと主張するものと解されるが、中央省庁の編集に係るもの以外の刊行物であって、題号中に「白書」の文字を含む刊行物の一部には、政府刊行物としての「白書」に対する一般国民の信頼性を損なうものがあり、本願商標をその指定商品に使用した場合には、当該商品もその類となるものであって、そのことの故に、商標法4条1項7号に当たるものと解すべきことは、前示のとおりである。原告の主張は、畢竟、独自の主張といわざるを得ず、これを採用することができない。

したがって、「本願商標を例えば『印刷物』に使用した場合、これに接する取引者、需要者は政府発行の刊行物であるかの如く、誤認するおそれがあり、ひいては、商取引の秩序を乱し得るおそれがある・・・したがって、本願商標を商標法第4条第1項7号に該当するとして拒絶した原査定は、適正なものである」とした審決の判断に誤りはない。

3  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由は理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹)

裁判官 清水節は、転補につき、署名押印することができない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例